2008年11月28日金曜日

石原都知事は貧困・労働環境直視を

 大阪市で起きた個室ビデオ店放火事件を巡り、東京都の石原慎太郎知事が今月3日の記者会見で発言した内容が波紋を呼んだ。

 「山谷(東京都台東区、荒川区)のドヤ(簡易宿泊所)に行ってごらんなさいよ。200円、300円で泊まれる宿はいっぱいあるんだよ。そこに行かずにだな、何か知らんけど、ファッションみたいな形で、1500円というお金を払って、そこ(個室ビデオ店)へ泊まって『これは大変だ、大変だ、孤立している、助けてくれ』っていうのも、ちょっと私は、人によって違うでしょうけど、総体にそれが何かカフェ難民なるものの実態とはとらえがたいね……」

 後日、石原知事は台東区長らの抗議を受けて「200円、300円で泊まれる宿はいっぱいある」という点は撤回したものの、10日の会見で改めて「『ファッション』という言い方をなさったことについて」と問いかけると「私はそう思っていますよ」と答え、見解は少しも変わっていなかった。しかし、労働現場の取材を続けてきた私から見れば、現代の労働者たちが「ファッション」で個室ビデオ店やネットカフェに泊まっているとはとても思えない。石原知事はもっと現実に目を向けるべきだ。

 山谷には江戸時代以来、全国から労働者が集まってきたが、バブル崩壊後、23区が簡易宿泊所を高齢のホームレスの住所として登録して生活保護を受給させるケースが増え、07年の都の調査では被保護者が簡易宿泊所利用者の67%に達した。こうした状況に合わせるかのように、宿代の相場は、各区が住宅扶助の上限として認める1泊2000円超に上昇した。

 また、新たな客層を求め、外国人客やビジネスマンをターゲットに3000~3500円のホテルに改装するところも多くなった。一部に1000円前後の宿も残るが、2段ベッドの相部屋で部屋数も少ない。

 「安いと聞いてきたけど結構キツイ」。山谷で出会った派遣労働者の男性(26)はそう漏らした。彼はアパートの契約更新料が払えずに家を失い、食品工場勤務の手取り7000円の中から1泊2200円の宿代を出していた。上京したばかりの同僚との共同生活を目指し、「2人なら何とかなるかな」と言いつつも不安そうだった。

 一方、JR池袋駅(豊島区)そばのネットカフェをのぞくと、寝泊まりできる個室が8時間で1280円だった。日雇い派遣をしつつ正社員職を探している男性(34)は「早朝の仕事の集合に間に合うよう各地のネットカフェを使っている。こんな安いホテルはないですよね」と苦笑した。

 山谷に日雇い労働者が集まったのは、手配師が車でまとめて労働者を作業現場へ運び、稼ぎの上前をはねる慣習があったことが大きい。人材派遣会社の電話一本で動く現代の労働者には、早朝の集合に合わせて都心に寝床を確保せざるを得ない事情もある。孤独を強いられ、心身ともに疲弊し、プライバシーを保てる唯一の空間であるネットカフェに駆け込むのが現実だ。

 今春から都庁を担当しているが、石原知事の「東京には財政力がある」という発言を何度か耳にした。都の税収は07年度決算見込みで過去最高の5兆5095億円。自治体としては巨額だ。だが、石原知事のアイデアで設立された新銀行東京は既に都の出資金(1000億円)の大半を失い、さらに再建に400億円の税金をつぎ込む事態となった。2016年夏季五輪の招致や、築地市場の移転予定地の土壌汚染対策にも多額の予算がつぎ込まれようとしている。潤沢な都の税収は、地方からやってきた人たちを含めた個々の労働力の上に成り立っていることを忘れてほしくない。

 池袋のネットカフェに泊まっていた東北出身の男性(45)は「数カ所の工場で雇い止めに遭い、しかたなく日雇い派遣で働いている。時に野宿もする」と打ち明けた。ネットカフェ難民増加の裏には、使い捨て雇用の広がりに加え、職を失うとただちに家を奪われる都心の貧困な住宅施策がある。公営住宅には単身の若者を受け入れるだけの容量がない。民間住宅には敷金、礼金、保証人といった「壁」が立ちはだかる。

 行政を無策と断じるつもりはない。都は今年度、ネットカフェ難民に生活費を無利子で貸し付ける事業を始めた。ただし「返済能力がない」などの理由で融資を断られるケースも多く、支援団体などに不満の声があるのも事実だ。カネ・ヒト・モノを握る東京都と石原知事には、労働環境や貧困の実態に即した支援策を講じてほしいし、それは十分可能なはずだ。

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